2025年12月17日水曜日

「久延彦 REPORT」(24)

 2025年の「今年の漢字」に選ばれたのは「熊」でした。今年はクマによる被害が各地で報告され、人身被害は過去最多となりましたが、その原因についてはあまり報道されていません。実際に、いくつかのメディアでは有識者の話として、その原因を解説しているものもありましたが、果たしてそれが本当の原因なのかどうか、とても疑わしいのです。因みにクマによる被害は「熊害」とも言われますが、これは「ゆうがい」と読みます。

 では、「熊害」の本当の原因は何なのでしょうか。実は、ここには私たちの「ものの見方や考え方」に対する一つの警告があるように思えるのです。つまり、今年の熊害は私たちにとても大切なことを知らせるための「天からのしるし」だったのかもしれないのです。

2025年12月7日日曜日

「久延彦 REPORT」(23)

 1941年12月8日、日本は米国および英国に対して宣戦を布告し、大東亜戦争の幕が切って落とされました。日本海軍の連合艦隊機動部隊による真珠湾攻撃から始まった対米英戦争の正式名称は「太平洋戦争」ではなく、「大東亜戦争」であることを、改めて私たち日本人は肝に銘じなければならないと思います。

 大東亜戦争という名称についてですが、まず1941年12月10日の大本営政府連絡会議において、「支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す」と決定されます。さらに12月12日の閣議において「今次の対米英戦争及び今後情勢の推移に伴い生起することあるべき戦争は支那事変をも含めて大東亜戦争と呼称す」と明記され、支那事変と対米英戦争を合わせた戦争呼称が「大東亜戦争」であると公式に決定されたのです。

2025年12月3日水曜日

「久延彦 REPORT」(22)

 11月7日の衆議院予算委員会において、高市首相が台湾有事に関して中国による武力攻撃があった場合、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした答弁が波紋を広げています。中国政府はこの発言をことさらに政治問題化させ、日中関係が悪化していますが、今回の高市首相の発言に対して中国政府が執拗なまでの批判を繰り返し、強硬姿勢を崩そうとしないのは何故なのでしょうか。実は、ここには中国政府の知られたくない隠れた本音があり、そのことが暴かれることへの苛立(いらだ)ちがあるのです。

 まずは、高市首相の国会答弁についてですが、問題とされている発言は以下の通りです。

 「先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くというようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思います。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。」

2025年11月12日水曜日

「久延彦 REPORT」(21)

 10月21日に憲政史上初の女性首相が誕生し、高市内閣発足後の支持率は各紙の世論調査(10月21日から29日)によれば、いずれも驚くほどの高い水準となりました。自民党総裁選からほぼ1ヶ月近く、朝日新聞や毎日新聞をはじめとする反日・左派メディアは、反高市・反保守の論調で繰り返し報道し続けてきましたが、左派メディアの努力の甲斐もなく、国民世論は真逆の結果を示すことになりました。

 各紙の世論調査結果についてですが、共同通信64.4%、読売71%、日経74%、産経75.4%、毎日65%、朝日86%と、すべての調査で高支持率となっており、さらに年代別では18~39歳が80%で、特に若者、現役世代から圧倒的な支持を得ていることが分かります。

2025年11月6日木曜日

「久延彦 REPORT」(20)

 10月31日付の読売新聞のコラム記事「編集手帳」には、世界的な気候変動により、日本の四季が二季に変わりつつあるということが紹介されていました。その記事の一部を抜粋します。

 「一年を四季に分けて風物を語る営みは、平安時代の貴族が始めたとされている。10世紀初頭に生まれた古今和歌集に見て取れる。
 日本の四季の歴史は大体1000年というところらしい。民俗学によれば、それまでは二季しかなかった。農耕を行う『野の時期(春夏)』、薪(たきぎ)集めや狩猟をして暮らす『山の時期(秋冬)』。近頃は暑いと寒いで分ける新たな二季が登場している。
 このまま気候変動が続けば、春と秋がなくなり、夏と冬だけになると警告する研究者は少なくない。・・・
 気象庁が『高温に関する早期天候情報』を発表した。11月3日から5日にかけ、この時期としては『10年に1度の著しい高温』に全国が包まれるそうだ。」

2025年10月29日水曜日

「久延彦 REPORT」(19)

 10月21日、自民党の高市早苗総裁が、憲政史上初の女性首相に選出されました。今年は女性参政権が認められてから80年という節目の年でもあり、フェミニストを自称する人たちにとって、2025年は画期的な一年として記憶されるはずでした。また、性差を理由とする女性の社会進出を阻害してきた、いわゆる「ガラスの天井」が打破された歴史的な一年となったはずなのです。ところが、日本の主要メディア(大手新聞や大テレビ局)が一向に盛り上がらないのはどうしてなのでしょうか。それは、男女共同参画社会の実現などを主張してきた人たちが、実はとんでもない偽善者であったからなのです。

 男女平等とか、女性の社会進出、女性の地位向上などとほめそやされてきた一連の運動が、実は世の中を混乱させ、人々を不安に陥(おとしい)れるだけの偽善であったことが白日(はくじつ)の下(もと)にさらされたのです。その意味では、2025年は歴史的にも特筆されるべき画期的な意義を持つ一年となるのではないでしょうか。世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数(GGI)」なるものがいかにいい加減で、利権にまみれたものであるのか、日本国民はそろそろ気づかなければならないのです。

2025年10月23日木曜日

「久延彦 REPORT」(18)

 10月21日、日本初の女性首相が誕生しました。高市早苗首相は自民党総裁に選出された際、所属議員に向けたあいさつで、次のように語りかけました。

 「全員に馬車馬のように働いてもらう。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります。」

 国家国民のために粉骨砕身して働く、所属議員の一人ひとりに対しても国家国民のために一生懸命に働いていただく。まったくもって当然至極(しごく)の発言ではないかと思うのですが、この発言に噛みつき、高市首相を批判する大手メディアには唖然としてしまいます。そして、このメディアの高市批判に迎合するかのように、過労死弁護団全国連絡会議と全国過労死を考える家族の会が、それぞれに次のような声明を発しています。

2025年10月15日水曜日

「久延彦 REPORT」(17)

 高市早苗氏が自民党初の女性総裁に選出され、日本の政治に新たな1ページが書き加えられようとしています。そうした中で、あたかも高市新総裁の門出を祝うような出来事が起きました。それが、公明党の連立離脱でした。26年間にわたり、自民党政治の手かせ足かせとなって、日本の政治を混乱させてきたのが公明党でした。よくも四半世紀にもわたり連立政権を維持してきたものだと思うのですが、もはや自公連立政権はすっかり賞味期限が過ぎて、国民生活に悪影響しか及ぼさないようになっていたのです。連立解消は日本国に対する思いがけない祝福となり、日本国民にとってはこの上ない福音となったのです。

 2013年4月17日、日本維新の会の石原慎太郎共同代表は、当時の安倍晋三首相との初の党首討論において、「必ず公明党はあなたがたの足手まといになる」と忠告しました。また、2023年9月26日には麻生太郎副総理が地元福岡の講演で安全保障関連3文書の改定について触れた際、「公明党幹部がガンだった」と語ったことがありました。歴史観や国家観が根本的に相容れない両党が連立を組んでいること自体に矛盾が内包されているのですから、時間の経過と共にその軋轢(あつれき)が大きくなっていくのは明らかだったのです。

2025年10月8日水曜日

「久延彦 REPORT」(16)

 今年は大東亜戦争終戦80年の節目の年ですが、先の大戦を回顧しつつ「なぜ、あの戦争を避けることができなかったのか」という問題意識を持ち、戦後80年所感の発出にこだわっていた首相がいました。しかし、そもそもこの問題意識に大きな過ちがあるのです。私たちが抱くべき問題意識は「なぜ、あの戦争をしなければならなかったのか」ということです。「なぜ、避けることができなかったのか」ではなく、「なぜ戦わなければならなかったのか」という問いにこそ真摯に向き合うべきなのです。

 日本人はなぜ、戦わなければならなかったのか、それは祖国を守るためでした。愛する祖国を守り、愛する家族を守るために、日本人はたった一つしかない尊い生命を捧げて生きようとしたのです。今年は大東亜戦争の終戦から80年であるとともに、日露戦争の戦勝120年となる年でもありますが、この戦争においても日本人は祖国を守るために戦いました。祖国を守るための戦い、それが戦争の真実なのです。

2025年10月1日水曜日

「久延彦 REPORT」(15)

 9月21日、台湾の国立政治大学(台北市)で「安倍晋三研究センター」の設立大会が開催されましたが、台湾の大学が内外の政治家の名を冠した研究機関を設置するのは初めてのことでした。また、この日は安倍晋三元首相の誕生日であり、あえてこの日を選んで「安倍晋三研究センター」が設立されたことに、台湾の人々の安倍元首相に対する並々ならぬ思いをうかがい知ることができます。

 この日の設立大会には頼清徳総統も出席し、あいさつの中で「安倍元首相の死去は日本の損失であるだけでなく台湾と全世界の損失だ」と述べました。また、安倍元首相の「台湾有事は日本有事」との発言や、「自由で開かれたインド太平洋」という外交戦略の意義について触れた上で、次のように語りました。

2025年9月24日水曜日

「久延彦 REPORT」(14)

 9月10日、米国の保守活動家であるチャーリー・カーク氏が米西部ユタ州の大学で銃撃され暗殺されました。約3000人の聴衆を前に演説していた最中の出来事でした。12日に捜査当局は同州在住のタイラー・ロビンソン容疑者を逮捕しましたが、この人物はトランスジェンダーの権利擁護と反ファシズムを訴える政治思想の持ち主であったことが分かっています。容疑者の家族によれば、犯行前に夕食の席でカーク氏が大学を訪問して演説することに言及し、カーク氏は「憎しみに満ち、憎しみを広めている」と非難していたことを証言しています。

 では、この暗殺事件について、マスメディアや左翼リベラルと称される人物はどのような論評をしているのでしょうか。今回は日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」の記事について紹介します。事件後の14日付の記事では、この事件に関する解説記事として、米国では政治家を標的とした暴力が頻発していることを紹介した上で、その背景を次のように分析しています。

2025年9月18日木曜日

「久延彦 REPORT」(13)

  9月18日は何の日か知っていますか。1931年9月18日は柳条湖(りゅうじょうこ)事件が起きた日であり、いわゆる「満洲事変」が勃発した日とされています。そして、戦後の学校教育では、満洲事変を契機として、日本は支那大陸への侵略戦争をはじめ、その後およそ15年間にわたる「日中戦争」(この呼称は歴史的には問題があります)の泥沼にのめり込んでしまったと、教えられてきました。そして、満洲事変こそが侵略戦争の始まりであり、その後の日本は植民地支配と侵略戦争によって、アジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えてきたと、多くの日本人は思い込んできたのです。

 しかし、この歴史認識が事実と全く異なり、意図的に捏造されたものであったとしたら、どうでしょうか。満洲事変が侵略ではなく、その翌年に建国された満洲国が日本の傀儡国家(かいらいこっか:形式的には独立しているものの、外部の強国に事実上支配され、操られている国家)などではなかったとしたら、どうでしょうか。大東亜戦争終戦から80年を経た今、満洲事変と満洲国建国について正しく理解することは何よりも大切なことなのです。なぜなら、満洲事変がなぜ起きたのか、また、満州国建国の目的が何であったのか、その真実を知らなければ、私たちは大東亜戦争が日本による侵略戦争ではなかったという歴史の真実に決して出会うことはできないからです。

2025年9月7日日曜日

「久延彦 REPORT」(12)

 大東亜戦争終戦80年を迎えて、戦争に関する企画記事が多く見られましたが、その中で新聞自体が戦争をどのように報道し、どんな論説を主張してきたのか、その検証は全くありませんでした。戦争の責任について問う場合に、政治家や軍部の責任を追及することはあっても、その一方で世論に対して絶大な影響を与えてきた新聞の責任については、あえて封印してきたように思います。

 そこで、当時の新聞が戦争についていかなる報道をしてきたのか、どんな論調を張っていたのか、その一部をご紹介します。例えば、1931年に勃発した満州事変当時、多くの新聞が軍部の行動を積極的に応援しており、時には軍部以上に戦争を強力に後押しする論陣を張っていたことを忘れてはならないのです。その急先鋒が朝日新聞であり、毎日新聞でした。

2025年8月24日日曜日

「久延彦 REPORT」(11)

 「断乎(だんこ)反撃に転じ、ソ連軍を撃滅すべし。」

 1945年8月18日、ソ連軍は千島列島最北の占守(しゅむしゅ)島に数千の兵士を強襲上陸させてきました。この知らせを聞いた第5方面軍司令官であった樋口季一郎中将は、自衛のための戦闘として、ソ連軍を撃滅せよと命じます。この決断により、ソ連軍による北海道占領の野望は阻止されることになりました。つまり、占守島の戦いがあったからこそ、北海道は守られたのです。

 しかし、この歴史の真実をどれだけの日本人が知っているのでしょうか。千島列島を足掛かりとして、北海道までも占領しようとしていたのが、共産主義国家・ソ連であったことを私たちは決して忘れてはならないのです。しかも、ソ連軍が侵攻してきたのは、日本がすでにポツダム宣言を受諾した後の8月18日でした。共産主義国家にとっては国際条約や国際法などは何の価値もなく、ただの紙切れに過ぎないのです。

2025年8月20日水曜日

「久延彦 REPORT」(10)

  大東亜戦争終戦80年を迎え、8月15日の「終戦の日」に、念願かなって靖国神社に参拝することができました。靖国神社の境内に入って直ぐに感じたことは、「ここに真の日本がある」という実感でした。第一鳥居で一礼し、さらに進んで行くと、そこかしこに美しい日本の国旗がたなびいていました。

 白地に赤く 日の丸染めて ああ美しや 日本の旗は

 夏の青空に映えて、日の丸が掲げられ、風にたなびく美しさは格別なものでした。美しい日本の旗が、誰にもはばかることなく掲げられ、誇らしくたなびいている、まさに靖国の社において日本の国旗が生命の息吹を取り戻しているように感じました。

2025年8月7日木曜日

「久延彦 REPORT」(9)

  大東亜戦争終結80年の節目となる今年も、8月6日には広島市の平和記念公園において、原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)が開催されました。式典には過去最多の120ヵ国・地域と欧州連合の代表が参加しました。約5万5千人の参列者は原爆投下時刻の午前8時15分に会場内外で黙祷を捧げました。


 今年の式典には、イスラエルの駐日大使やパレスチナ自治政府の代表も参加しました。また、台湾当局の代表者が初めて参列したことはとても意義深いものでした。しかし、中国共産党政府からは今年も参列者はありませんでした。この事実だけを踏まえても、どこの国が核兵器による威嚇(いかく)と使用に積極的であり、どこの国が平和に対する敵対国であるかが明白になります。

2025年8月4日月曜日

「久延彦 REPORT」(8)

 日米の関税交渉についてですが、私たち日本人が忘れていることがあるように思えて仕方ありません。はっきり言いますが、もし安倍晋三元首相が御存命であり、さらに今頃、第三次安倍晋三政権が誕生していたならば、トランプ大統領との関税交渉は、とっくに解決していたであろうということです。そして、関税率も15%どころではなく、もっと低率で最終合意していたに違いないということです。

 2019年の日米貿易交渉の結末を知っている人であるならば、今のような石破政権下における日米間の懸案など何ひとつ存在しなかったことが理解できるはずです。安倍首相とトランプ大統領によって日米関係は今なお蜜月であり、日米両国のみならず、世界中の国々にとってどれほど希望的な時代を迎えていたことでしょうか。

2025年8月1日金曜日

「久延彦 REPORT」(7)

 7月20日の参議院選挙で歴史的な惨敗をした自民党ですが、石破首相は責任を取ることなく、居座りを続けています。今なお首相続投の意思は変わらないようですが、かつて石破首相自身が「首相の責任」について、どのような発言をしていたのか、ご紹介しておきたいと思います。

 2007年(平成19年)7月の参議院選挙で自民党が大敗した時、当時の安倍晋三首相に対して、石破氏は「安倍続投」に強い異議を唱えて、次のような発言をしていました。

 「責任を取るべき人が取らないのは組織ではない。その責任を追及する声が上がらない組織は病んでいる。このまま追及する声がないようなら、そんな党は存在意義がない。」

2025年7月29日火曜日

「久延彦 REPORT」(6)

 7月29日は何の日か、ご存知でしょうか。1937年(昭和12年)7月29日に起きたある事件について、大東亜戦争終結から80年の節目である今だからこそ、私たち日本人は思い起こさなければならないと思います。この事件は「通州事件(つうしゅうじけん)」と呼ばれるものです。

 1937年7月29日、中国の通州という町に居住する日本人や朝鮮人が惨殺される事件が起きたのです。その被害は、日本人と朝鮮人の居留民225名と日本軍守備隊32名のあわせて257名にも上り、通州虐殺事件とも呼ばれています。女性や子供も関係なく、日本人と分かれば、見境なく惨殺されました。その残虐さについて、当時中国を取材していた米国人ジャーナリストは次のように伝えています。

2025年7月25日金曜日

「久延彦 REPORT」(5)

 7月23日付で在中国日本国大使館より、在中国邦人に向けて一つの公文が出されているのをご存知でしょうか。それは「『中国人民抗日戦争及び世界ファシズム戦争勝利80周年』記念に当たっての各種行事やイベント等に関する注意喚起」という文章なのですが、その内容は実に不可解なものであり、これが日本国大使館から出た公文であることに、深い悲しみを感じてしまうのです。以下がその内容です。

 「中国人民抗日戦争及び世界ファシズム戦争勝利80周年」記念に当たっての各種行事やイベント等に関する注意喚起

2025年7月23日水曜日

「久延彦 REPORT」(4)

 中国の女性教師が日本の侵略について感情を高ぶらせ、学生たちを怒鳴りつけている動画が話題になっています。事の発端は、ある授業で行われた一つの質問に対する学生の答えでした。女性教師が授業の中で「帝国」という言葉について質問したところ、一人の学生が「大日本帝国」と答えたのです。

 すると、この言葉を聞いた女性教師は突然、感情的になって怒りをあらわにしたのです。女性教師の突然の激変ぶりに、思わず失笑した学生に対して、この教師は教壇を激しく叩きながら、次のように声を張り上げました。

2025年7月17日木曜日

「久延彦 REPORT」(3)

 7月9日に石破首相が街頭演説で語った「なめられてたまるか」という言葉ですが、この言葉はどのように英訳されたのでしょうか。ここにも日本の国難の影を見る思いになり、何とも言えない義憤が湧き上がるとともに、底知れぬ落胆の気持ちにため息が出てしまいます。

 まず、日本政府は「なめられてたまるか」という石破首相の発言の重大さを少しは理解していたのか、何とか英訳の際にそのニュアンスをごまかそうとしました。そして、「We won't taken lightly」と訳しました。これは直訳すれば、「我々は軽く見られたくはない」という意味です。随分と意味合いが変えられていますが、ここには外務官僚の努力の跡が見えます。唯一の同盟国である米国に対する石破首相の無礼と粗相(そそう)を何とか隠そうとしたのでしょう。

2025年7月15日火曜日

「久延彦 REPORT」(2)

 7月9日、石破首相は千葉県船橋市で街頭演説し、米国との関税交渉について次のように語りました。

 「(米国との関税交渉は)国益をかけた戦いだ。なめられてたまるか。私たちは言うべきことは、たとえ同盟国であっても正々堂々言わなければならない。守るべきものは守る。」

 まず、この発言については何とも言えない違和感を覚えます。「なめられてたまるか」という言葉はどういう意味なのでしょうか。そもそも米国は日本をなめているのでしょうか。今回の関税交渉について言えることは、米国は日本をなめているどころか、特別に優遇しているようにしか思えません。関税措置をめぐる日米協議の責任を担わされている赤沢亮正(りょうせい)経済再生担当相は何度も訪米していますが、何と事前に会談約束もせず訪米していたことを自ら告白しました。それにもかかわらず、米国側は会談に応じてくれているのですから、どれほど特別扱いされているかが分かります。

2025年7月13日日曜日

「久延彦 REPORT」(1)

 石破茂首相が7月2日に行われた日本記者クラブ主催の党首討論会において、外国人労働者の受け入れを巡って発言したことが大きな波紋を広げています。石破首相は外国人を受け入れる必要性について、次のように述べたのです。

 「七面倒臭(しちめんどうくさ)い日本語、日本の習慣を日本政府の負担によってでも習得してもらい、適法な人に入ってもらう。」

 これが日本国を代表する首相の発言なのか、と耳を疑いました。さすがにこの発言については多くの批判が出ていますが、立憲民主党の小沢一郎衆院議員でさえも痛烈に批判しているのです。