2026年3月25日水曜日

「久延彦 REPORT」(33):「平和学習」に潜む闇

 3月16日、沖縄県名護市の辺野古沖で18人の高校生を乗せた抗議船が転覆し、17歳の女子高生と「不屈」の船長の2人が死亡するという痛ましい事故がありました。また、乗船していた14人も重軽傷を負うという近年でも稀な重大事故でした。ところが、不思議なことに主要メディアは、この事故についてほとんど取り上げることがなく、沈黙し続けています。ところで、「ヘリ基地反対協議会」が運航する抗議船に高校生を乗せることが、本当に「平和学習」となるのでしょうか。辺野古沖で行われた「平和学習」とはいかなるものだったのか、そのことについて論じてみようと思います。

 まず、「ヘリ基地反対協議会」の関係者、あるいは抗議活動の支援者の方たちが、今回の転覆事故についてどのようなコメントを発しているのか、その内容についてご紹介しますが、ここにも「平和学習」に潜む闇を感じてなりません。

2026年3月11日水曜日

「久延彦 REPORT」(32):無罪を信じ続ける信念

 昭和59年の「日野町事件」(滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害され手提げ金庫が奪われた強盗殺人事件)で、無期懲役となり、服役中に病死した阪原弘(さかはらひろむ)さんの再審開始が決定しました。阪原さんの遺族が申し立てた第2次再審請求に対し、最高裁第2小法廷は2月24日付の決定で、再審開始を認めた大阪高裁決定を支持し、検察側の特別抗告を棄却しました。これによって、再審開始が確定し、大津地裁でやり直される再審公判において、無罪となる公算が大きくなりました。逮捕から38年、阪原さんの無実を信じ続けた遺族の信念が勝ち取った再審決定でした。

 事件から3年以上が過ぎた昭和63年、警察の取り調べを受けて帰宅した阪原さんは家族に「自白した」ことを告げました。阪原さんは厳しい取り調べの中で、たとえ殴られも蹴られても、自分がやったとは自白しませんでした。しかし、家族が脅(おど)されたり、傷つけられたり、あるいはひどい仕打ちを受けることだけには、どうしても耐えられなかったのです。

2026年3月4日水曜日

「久延彦 REPORT」(31):国歌について

 国歌「君が代」について私たちはどれほどのことを知っているのでしょうか。「君が代」の歌詞にどのような意味が込められているのか、その歌詞が「五・七・六・七・七」となっているのはなぜなのか。私たちは何も知らないでいるのではないでしょうか。それは、何も知らされていないからであり、何も教えられてこなかったからです。日本人として、国歌「君が代」の由来について、あるいはその歌詞の意味について知ることは、何よりも大切なことだと思います。そこで、国歌「君が代」の由来とその歌詞の意味について書き記しておきたいと思います。まずは「君が代」の歌詞ですが、以下のように「五・七・六・七・七」の変則的音数による和歌の形式になっています。

 君が代は(きみがよは)
 千代に八千代に(ちよにやちよに)
 さざれ石の(さざれいしの)
 巌となりて(いわおとなりて)
 苔のむすまで(こけのむすまで)