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2026年3月4日水曜日

「久延彦 REPORT」(31):国歌について

 国歌「君が代」について私たちはどれほどのことを知っているのでしょうか。「君が代」の歌詞にどのような意味が込められているのか、その歌詞が「五・七・六・七・七」となっているのはなぜなのか。私たちは何も知らないでいるのではないでしょうか。それは、何も知らされていないからであり、何も教えられてこなかったからです。日本人として、国歌「君が代」の由来について、あるいはその歌詞の意味について知ることは、何よりも大切なことだと思います。そこで、国歌「君が代」の由来とその歌詞の意味について書き記しておきたいと思います。まずは「君が代」の歌詞ですが、以下のように「五・七・六・七・七」の変則的音数による和歌の形式になっています。

 君が代は(きみがよは)
 千代に八千代に(ちよにやちよに)
 さざれ石の(さざれいしの)
 巌となりて(いわおとなりて)
 苔のむすまで(こけのむすまで)

2026年1月14日水曜日

「久延彦 REPORT」(26)

 1月5日、高市早苗首相は三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝された後、年頭の記者会見に臨み、次のように力強く語られました。

 「本年は政治のリーダーシップをしっかり発揮していく年にしなければなりません。『分水嶺』となるかもしれない丙午(ひのえうま)の年頭に当たって、そう強く感じています。」

 「分水嶺」とはどういう意味なのでしょうか。これは物事の方向性が決まる重要な分岐点という意味です。つまり、本年が日本国にとって将来に繁栄をもたらすのか、それとも衰退に向かうのか、その分かれ目であることを意味しているのです。そのような国家としての命運を左右する重要な分かれ目に立ち、国家の最高指導者としての覚悟を表明したのが、年頭の会見であったように思います。

2026年1月7日水曜日

「久延彦 REPORT」(25)

 毎年1月3日に執り行われている「元始祭(げんしさい)」という皇室祭祀をご存知でしょうか。この「元始祭」は1872年(明治5年)に制定された皇室祭祀の一つであり、天皇陛下御親(おんみずか)らが御親祭され、皇位の元始を寿(ことほ)ぎ、宮中三殿において国家国民の繁栄を祈られる大切な祭祀です。そして、全国の神社でも、これに倣(なら)って「元始祭」が執り行われ、皇室の弥栄(いやさか)と国家の隆昌を祈願しています。戦前までは新年の最初に行われる大祭として、国民の祝祭日になっていました。

 戦後80年を経て、私たち日本人にはなじみのない祭祀となっているかもしれませんが、「元始祭」に込められた意味を知ることにより、私たちは日本人としての自覚を深め、日本人であることの誇りを取り戻すことができるようになるのではないかと思います。それでは、「元始祭」の祝詞(のりと)において「元始(もとつはじめ)」と読み上げられる皇位の元始とはどういうことなのでしょうか。これは、日本国のはじまりを意味しています。『日本書紀』によれば、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を天上の高天原(たかまのはら)から地上の豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに:日本の別名)に遣わされたこと、つまり「天孫降臨」が「元始」であり、日本国の肇(はじ)まりであるとされています。また、瓊瓊杵尊の血統を受け継ぐ初代神武天皇より現代に至るまでの万世一系の血脈が継承されてきたことが国土を治める由来ともなっているのです。