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2026年3月4日水曜日

「久延彦 REPORT」(31):国歌について

 国歌「君が代」について私たちはどれほどのことを知っているのでしょうか。「君が代」の歌詞にどのような意味が込められているのか、その歌詞が「五・七・六・七・七」となっているのはなぜなのか。私たちは何も知らないでいるのではないでしょうか。それは、何も知らされていないからであり、何も教えられてこなかったからです。日本人として、国歌「君が代」の由来について、あるいはその歌詞の意味について知ることは、何よりも大切なことだと思います。そこで、国歌「君が代」の由来とその歌詞の意味について書き記しておきたいと思います。まずは「君が代」の歌詞ですが、以下のように「五・七・六・七・七」の変則的音数による和歌の形式になっています。

 君が代は(きみがよは)
 千代に八千代に(ちよにやちよに)
 さざれ石の(さざれいしの)
 巌となりて(いわおとなりて)
 苔のむすまで(こけのむすまで)

2026年2月23日月曜日

「久延彦 REPORT」(30):国旗について

 平成11年(1999年)8月13日に「国旗及び国歌に関する法律」が、公布され、即日施行されました。通称は「国旗・国歌法」で、国旗と国歌について規定した日本で最初の法律となりました。条文は以下の通りです。

 第一条 国旗は日章旗とする
 第二条 国歌は君が代とする

 国旗も国歌もその国を代表するものであり、そこにはその国の建国の由来や国柄、さらには民族の伝統文化や精神、そして、それらのものを生み出した理想や国家と国民の所願が込められています。国旗と国歌に敬意を払うことは、まさにその国に敬意を払うことであり、国民にとって国旗と国歌は誇りであり、名誉そのものでもあります。そして、これが世界の常識であることを、私たちは何よりも肝に銘じなければなりません。

2026年2月11日水曜日

「久延彦 REPORT」(29):「建国記念の日」について

 世界に存在する国家の中で、最も古くから存続している国、それが日本です。そして、『古事記』や『日本書紀』には、日本建国の由来が記されています。理想の国づくりを目指して、九州の日向(現在の宮崎県)から東の地へと理想郷を求めた神武天皇は「神武東征」により、大和(やまと)の地を平定し、橿原(かしはら)の地で初代天皇として即位されました。その日が紀元前660年2月11日なのです。

 ところで、日本の建国が紀元前660年2月11日とされているのはどうしてなのでしょうか。この日は神武天皇が即位された日なのですが、その日付はいかにして特定されたのでしょうか。それは、『日本書紀』の次のような記述を根拠としています。

2026年1月7日水曜日

「久延彦 REPORT」(25)

 毎年1月3日に執り行われている「元始祭(げんしさい)」という皇室祭祀をご存知でしょうか。この「元始祭」は1872年(明治5年)に制定された皇室祭祀の一つであり、天皇陛下御親(おんみずか)らが御親祭され、皇位の元始を寿(ことほ)ぎ、宮中三殿において国家国民の繁栄を祈られる大切な祭祀です。そして、全国の神社でも、これに倣(なら)って「元始祭」が執り行われ、皇室の弥栄(いやさか)と国家の隆昌を祈願しています。戦前までは新年の最初に行われる大祭として、国民の祝祭日になっていました。

 戦後80年を経て、私たち日本人にはなじみのない祭祀となっているかもしれませんが、「元始祭」に込められた意味を知ることにより、私たちは日本人としての自覚を深め、日本人であることの誇りを取り戻すことができるようになるのではないかと思います。それでは、「元始祭」の祝詞(のりと)において「元始(もとつはじめ)」と読み上げられる皇位の元始とはどういうことなのでしょうか。これは、日本国のはじまりを意味しています。『日本書紀』によれば、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を天上の高天原(たかまのはら)から地上の豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに:日本の別名)に遣わされたこと、つまり「天孫降臨」が「元始」であり、日本国の肇(はじ)まりであるとされています。また、瓊瓊杵尊の血統を受け継ぐ初代神武天皇より現代に至るまでの万世一系の血脈が継承されてきたことが国土を治める由来ともなっているのです。