2025年12月3日水曜日

「久延彦 REPORT」(22)

 11月7日の衆議院予算委員会において、高市首相が台湾有事に関して中国による武力攻撃があった場合、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした答弁が波紋を広げています。中国政府はこの発言をことさらに政治問題化させ、日中関係が悪化していますが、今回の高市首相の発言に対して中国政府が執拗なまでの批判を繰り返し、強硬姿勢を崩そうとしないのは何故なのでしょうか。実は、ここには中国政府の知られたくない隠れた本音があり、そのことが暴かれることへの苛立(いらだ)ちがあるのです。

 まずは、高市首相の国会答弁についてですが、問題とされている発言は以下の通りです。

 「先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くというようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思います。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。」

 この発言に対して、さっそく反応したのが中国の薛剣(せつけん)駐大阪総領事でした。彼は翌8日に自身のXで、次のように投稿したのです。

 「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく斬ってやるしかない。覚悟はできているのか。」

 この投稿文には中国の北京政府がいかに野蛮で、非礼であるかが如実に表されています。一国の首相を殺害すると脅迫するような暴言を公然と何のためらいもなく投稿する、こんな無思慮で非常識な政府高官がどこにいますか。ただ、さすがにこの投稿はまずいと上からのお達しがあったのか、今は削除されています。しかし、薛剣氏は9日には「『台湾有事は日本有事』は日本の一部の頭の悪い政治屋が選ぼうとする死の道だ」とも投稿しているのですから、もはやつける薬はありません。

 本来ならば、このよう非礼な暴言を繰り返す総領事は国外退去処分にすべきなのであり、それが世界の常識です。この点に関しては、まだまだ日本政府はお人好しであると言わざるを得ません。しかし、問題の本質は高市発言をめぐる日中関係の悪化ではありません。また、高市首相の「存立危機事態」に関する言及が誤りであったかどうかという問題でもありません。高市首相の発言がなぜ、かくも中国政府を怒らせたのか、その原因こそが問題の本質なのです。

 まず、初めに断っておきますが、今回の高市発言には何の問題もありませんし、「存立危機事態」についての解釈も歴代政権と何ら異なるものではありません。高市首相は、誰もが考えていた当たり前のことを普通に言っただけなのです。さらに言えば、高市首相が今回のような発言をしなかったとしたら、そのことの方がはるかに大きな問題となっていたことでしょう。それは、日米同盟の根幹を揺るがすことだからです。

 そこで、高市首相の発言について、日米同盟の観点から解説しておきたいと思います。今回、問題となった台湾有事ですが、ここには明らかに前提条件があります。それは、高市首相が「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くというようなことのために・・・戦艦を使って、そして武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と答弁していることです。これはどういう意味なのかと言えば、台湾周辺で中国と米国が武力衝突するような事態になることを前提としているのです。実際に、高市首相は予算委員会でのやり取りの中で、次のように答弁しています。

 「台湾に対して武力攻撃が発生する、海上封鎖というのも、戦艦で行い、そしてまた他の手段も合わせて対応した場合には、武力行使が生じ得る話でございます。例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されることでございます。」

 つまり、台湾に対して武力攻撃をする中国が海上封鎖をする場合に、それを解くために米軍が来援するという事態が想定されるのです。そして、来援した米軍に対して中国から何らかの武力行使が行われる場合に、日本はどうするのかということが、今回の答弁の核心なのです。米国と中国との間で武力衝突が発生し、台湾に近接している我が国の存立が脅(おびや)かされる事態が発生しているのに、米国と同盟関係にある日本はただ座視しているだけで済まされるのか、ということなのです。

 2015年に成立した安全保障関連法において、存立危機事態の条文が新設されましたが、その条文には以下のように規定されています。

 第二条
  四 存立危機事態 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これに
    より我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から
    覆(くつがえ)される明白な危険がある事態をいう。

 この条文の中で、「わが国と密接な関係にある他国」とは具体的にはどの国なのか、それは米国以外にないのです。台湾周辺での米中の武力衝突とは、中国が「わが国と密接な関係にある他国」、すなわち米国に武力攻撃をすることであり、その事態が発生することで日本国の存立が脅かされるならば、それは存立危機事態になり得るのではないかというのが、高市首相の答弁であり、まさにごく当たり前のことを述べたに過ぎないのです。

 もしも仮に、高市首相がこのような事態が発生しても、それは存立危機事態ではありません、と答弁したならば、その段階で日米同盟は瓦解(がかい)してしまうでしょうし、米国はもはや日本を同盟国として信頼しなくなるでしょう。また、2015年に安倍晋三首相(当時)が政権の命運をかけ、いわれなき迫害と非難を乗り越えて成立させた安全保障関連法が有名無実化されてしまったことでしょう。そうなれば、これこそが国家の危機であり、最大の国難となっていたはずです。

 さて、今回の問題の本質についてです。なぜ、中国政府は、厳密に言えば、習近平主席は、今回の高市発言に対して本気で怒り、見境なしの対日制裁を発動しているのでしょうか、また、お得意のデマと捏造による歴史認識まで持ち出して、告げ口外交に躍起となり、日本の悪口を言い広めているのでしょうか。国連憲章の旧敵国条項を持ち出し、満洲事変や満洲国建国を例に出して、日本が歴史の失敗を繰り返すことは決して許さない、などと支離滅裂な喧伝(けんでん)工作に懸命になっているのはなぜなのでしょうか。

 それは、中国の野望が達成できないことへの焦りからなのです。中国の野望とは何か、習近平主席の野心とは何か、それは台湾を武力侵攻し、併呑(へいどん)することです。それでは、高市発言と台湾併呑といかなる関わりがあるのでしょうか。実は、今年7月に米国の戦略国際問題研究所が発表した報告書があるのですが、その中では中国が台湾を武力侵攻する際の台湾有事シミュレーションの詳細な分析がなされていたのです。そして、ほとんどのシナリオにおいて、米国と日本が共同で参戦し、台湾と連合すれば中国軍を撃退することができ、台湾は民主主義体制を維持することに成功すると結論づけられているのです。

 つまり、習主席の激しい怒りの原因は、日本が台湾有事において存立危機事態を認定すれば、台湾を併呑することが不可能になるということにあるのです。習主席が本気で怒っているのは、自らの野望が日本によって挫(くじ)かれ、高市首相によって阻止されることへの個人的な恨みからくるものなのです。この中国共産党の本音、そして同時に、北京政府の弱点を報道するメディアがないことは実に残念なことです。このような中国共産党の本音を知れば、高市政権がいかに対中外交において成功しているのかが分かります。中国共産党主導の対日制裁は日本にとっては喜ばしい天からの祝福なのかもしれません。