2026年1月14日水曜日

「久延彦 REPORT」(26)

 1月5日、高市早苗首相は三重県伊勢市の伊勢神宮を参拝された後、年頭の記者会見に臨み、次のように力強く語られました。

 「本年は政治のリーダーシップをしっかり発揮していく年にしなければなりません。『分水嶺』となるかもしれない丙午(ひのえうま)の年頭に当たって、そう強く感じています。」

 「分水嶺」とはどういう意味なのでしょうか。これは物事の方向性が決まる重要な分岐点という意味です。つまり、本年が日本国にとって将来に繁栄をもたらすのか、それとも衰退に向かうのか、その分かれ目であることを意味しているのです。そのような国家としての命運を左右する重要な分かれ目に立ち、国家の最高指導者としての覚悟を表明したのが、年頭の会見であったように思います。

 では、分水嶺となるかもしれない今年一年の最重要課題とはどのようなものなのでしょうか。高市首相が会見の中で語られたことは、実に多岐にわたっていましたが、その中でも喫緊(きっきん)の課題として取り上げたことは次の二点ではなかったかと感じています。

 それは、「皇室典範や憲法の改正」です。そして、そのことを暗示するかのように、高市首相は、最後に次のように発言されました。

 「さて、ここ伊勢では、次の式年遷宮に向けて、本年、御木曳初(おきびきぞめ)が行われます。神宮は、20年ごとに新しく造り替えながら、1300年にわたる歴史を紡いできました。新しくするからこそ、永遠となる。・・・国民の皆様の暮らしと命を守り、日本の誇るべき国柄を未来を担う次の世代へとしっかりと引き継いでいくために、本年も果敢にチャレンジしてまいります。神宮のあるこの伊勢の地で、そう強く決意しております。」

 伊勢の地で式年遷宮に触れながら、「新しくするからこそ、永遠となる」と語られた言葉には、日本の国柄そのものである皇室が永遠であることを願う、切なる祈りにも似た強い思いが感じられました。皇室の安泰こそが日本国の平和と繁栄の基(もとい)であることを宣明されたのだと思います。高市首相は御自身の持論として、「126代も続いた皇室は世界のどこにも例のない、日本にしかない大切な大切な私たちの宝物」と、かねてより言い続けてこられました。皇室典範の改正により、日本の皇室を永遠に揺るぎなきものとすることこそ、高市首相が何よりも優先すべきと願われている重要課題なのです。

 そして、憲法の改正です。日本国憲法を改正することは、国家の歪んでしまった背骨を正し、国民の魂を覚醒させるために絶対に必要なことです。とりわけても、憲法9条の改正は待ったなしであり、世界の平和と繁栄、そして、日本国の恒久平和のためにも、必ずや成し遂げられなければならない政治課題なのです。

 今年は、日本という国が神代の時代から受け継がれてきた日本のままであり続けられるのか、それとも後戻りできないような国へと変質させられてしまうのか、まさにその分水嶺となる年なのです。「新しくするからこそ、永遠になる」という言葉のように、日本が日本であり続けるためには、新しくしなければならないことがあり、変えなければならないことがあるのです。それが、皇室典範と憲法の改正なのです。

 高市首相は守らなければならないもの、そして、新しくすることで永遠にしなければならないものについて、次のように明確に語られています。

 「長い歴史と固有の文化を誇り、美しい自然を守り、和を尊び、家族や社会が互いに助け合いながら暮らしてきたこの日本を守り、列島の隅々まで、強く豊かにして、次の世代に引き継いでいきたい。その覚悟を新たにしております。」

 しかしながら、高市首相の年頭会見の直後になされた質疑応答において、皇室典範や憲法の改正という国家の在り方の根幹に関わる課題についての質問はいっさいありませんでした。また、本年が日本国にとっての分水嶺となるかもしれないと、強い覚悟と決意を表明した首相の発言についてあえて問う者もありませんでした。もしかしたら、メディアの人たちにとっては皇室典範や憲法の改正は決して触れてはならない禁句なのかもしれません。また、日本が永遠であるために、すべてを新しくつくり変えようとする高市首相の覚悟と決意を、多くの国民が知ってしまうことを何よりも恐れているのかもしれません。

 安倍晋三元首相の遺影を携えて伊勢神宮を訪れ、五十鈴川にかかる宇治橋を共に歩かれる光景に、高市首相の覚悟と決意を見たように思います。安倍元首相と心を一つにして、「美しい日本を取り戻す」ことを日本の聖地でもある神宮において誓われたのだと確信しています。美しい日本がこれからも永遠でありますように、長い歴史と固有の文化、そして美しい自然が守られますように、心から祈念しています。